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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)970号 判決 1977年1月31日

控訴人 諏訪亀太郎

右訴訟代理人弁護士 中田長四郎

被控訴人 丸紅株式会社

右代表者代表取締役 松尾泰一郎

右訴訟代理人弁護士 小風一太郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の新たな請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴代理人は、「(一)原判決中控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した部分を取り消す。(二)第一審被告横浜容器株式会社が原判決添付物件目録第一記載の不動産(以下、本件第一の物件という。)につき東京通商株式会社との間でした昭和三九年四月三〇日付根抵当権設定契約及び同日付代物弁済予約をいずれも価格金九六〇万円に相当する限度で取り消す。(三)第一審被告川島進が原判決添付物件目録第二記載の不動産(以下本件第二の物件という。)につき東京通商株式会社との間でした昭和三九年四月三〇日付根抵当権設定契約及び同日付代物弁済予約をいずれも価格金九六〇万円に相当する限度で取り消す。(四)被控訴人は控訴人に対し金九六〇万円及びうち金八一〇万円に対する昭和三七年一二月二五日から、うち金七〇万円に対する昭和三八年二月二三日から、うち金五〇万円に対する同年九月二六日から、内金三〇万円に対する昭和三九年四月一四日から各支払ずみまで年六分の金員を支払え。(五)(右(四)掲記の金員の支払請求の認められないときの予備的請求として)被控訴人は控訴人に対し本件第二の物件中原判決添付物件目録(四)、(五)記載の不動産につき別紙登記目録(二)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。(六)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

(控訴人は、原審において右(二)、(三)と同旨の判決及び本件第一、第二の各物件についてなされた別紙登記目録記載の各登記の抹消を求めたが、当審において、右登記抹消を求める訴えを交換的に変更して右(四)掲記のとおりの判決を求め、かつ(四)掲記の請求が認容されないときに備えて予備的に(五)の請求を追加した。)

第二

当事者双方の事実上の主張は、双方において次のとおりそれぞれ主張を補足したほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、次のとおり訂正する。)であるからここにこれを引用する。

(一)  原判決事実摘示の訂正

1  原判決五枚目裏七行目中「債権を害すること」とあるのを「債権者を害すること」と改める。

2  同六枚目表八行目から同裏二行目までを削除する。

3  同八枚目表三行目から四行目にかけて「本件各根抵当権設定契約」と、同四行目から五行目にかけて「本件各根抵当権の設定契約」とあるのをいずれも「本件各根抵当権設定契約及び代物弁済予約」と改める。

(二)  控訴人の補足した主張

1(イ)  訴外明邦鋼業株式会社(以下単に明邦鋼業という。)は東京通商株式会社(以下東京通商という。)から鋼材を買入れてこれを販売する会社であるところ、第一審被告横浜容器株式会社(以下横浜容器という)は昭和三七年一二月明邦鋼業と鋼材の継続的買受契約を締結し、同会社から制罐用ブリキ板を仕入れてきた。

(ロ)  横浜容器及び第一審被告川島進は東京通商及び明邦鋼業のみに弁済を独占させる目的で昭和三九年四月三〇日横浜容器所有の本件第一の物件、川島所有の本件第二の物件につきそれぞれ、債権者東京通商、債務者明邦鋼業、債権元本極度額一億五〇〇〇万円、被担保債権右債権者、債務者間の継続的商品取引代金債権として存続期間の定めのない根抵当権設定契約及び代物弁済の予約を締結し(これらによる担保権を一括して本件根抵当権等の担保権若しくは本件担保権ともいう。)、これに基づき右各物件につき別紙登記目録(一)1・2、(二)1・2記載の各登記を経由し、その他の債権者に対する弁済資力を皆無にした。

(ハ)  ところで、明邦鋼業は東京通商から買入れた鋼材を横浜容器のみに販売していたわけではなく、その買受商品の大部分を横浜容器以外の鋼材販売会社に売却していたものであって、横浜容器及び川島が東京通商のために設定した本件根抵当権等の担保権により担保される東京通商の明邦鋼業に対する債権の大部分は明邦鋼業が横浜容器以外の右販売会社に対して供給するため買入れる鋼材の売掛金債権によって占められていた。しかも、本件根抵当権等の担保権設定後においても明邦鋼業の横浜容器に対する鋼材の販売量は増加したことがないから右の関係は本件根抵当権等の担保権の設定後、明邦鋼業と横浜容器との取引の終了に至るまで変動がないのである。

従って、本件根抵当権等の担保権の設定は、その被担保債権中明邦鋼業が横浜容器以外の会社に売渡すために仕入れる鋼材に関する部分は、無償の担保供与であって債権者を害することが明らかである。

(ニ)  本件根抵当権等の担保権が設定された際横浜容器及び川島の資産としては本件第一、第二の各物件及び本件第一の物件中の工場に備え付けられた機械、器具が主要なものであって、川島は横浜容器の代表取締役及び個人としてこれらの物件につき本件根抵当権等の担保権を設定すれば一般債権者を害するに至ることを十分に認識していた(右工場備付けの機械器具についても本件根抵当権等の担保権設定と同時に工場抵当法に基づき根抵当権が設定された。)。

(ホ)  被控訴人は昭和四一年六月一日東京通商を合併して東京通商が取得していた右根抵当権及び代物弁済の予約に基づく所有権移転請求権を承継し、これに基づいて昭和四二年四月六日本件第一の物件につき別紙登記目録(一)3・4の各登記、本件第二の物件につき同目録(二)3・4の各登記を経由した。

2  右に述べた経緯により横浜容器及び川島の本件根抵当権等の担保権の設定は債権者を害するものとして民法第四二四条により取消されるべきものであるところ、横浜容器は昭和四三年八月三一日その所有の本件第一の物件を明邦鋼業に売り渡し、また川島進はその頃本件第二の(一)(二)(三)の物件を明邦鋼業に売り渡し、それぞれその所有権移転登記を経由したから被控訴人のために同物件についてなされた本件根抵当権等の担保権の設定に基づく別紙登記目録記載の各登記の抹消を得ても同物件は一般債権者の共同担保とはならず、従って右各登記の抹消の方法による現物返還は不能となった。よって、控訴人は被控訴人に対し本件第一及び第二の物件についてなされた本件根抵当権等の担保権の設定契約の取消と価値権の回復に代えて前掲第一・(四)掲記の金員の支払を求める。

3(債権者代位権に基づく予備的請求)仮りに、右2に述べた詐害行為取消権の行使に基づく原状回復としての金員支払の請求が認められないときは、控訴人は川島に対し前記引用の原判決の記載のとおり次の債権を有するから、その保全のため本件第二の(四)(五)の物件についてなされている別紙登記目録(二)の各登記の抹消を求める。

イ 貸付元金  九六〇万円

ロ 遅延損害金 右元金のうち金八一〇万円に対する昭和三七年一二月二五日から、

うち金七〇万円に対する昭和三八年二月二三日から、

うち金五〇万円に対する同年九月二六日から、

うち金三〇万円に対する昭和三九年四月一四日から

各支払ずみまでの年六分の割合による金員

右イ、ロにつき主債務者を横浜容器とする連帯保証債務

前記のように本件根抵当権等の担保権は明邦鋼業が横浜容器に供給するために東京通商若しくは被控訴人から購入する製罐用ブリキ板の買掛金債務の担保のため設定されたものである。そうして、横浜容器は遅くとも昭和四三年七月一五日銀行取引停止処分を受け、営業を廃止したので、これにより右被担保債権の元本額は確定したところ、明邦鋼業は横浜容器に供給した右ブリキ板の買掛金債務をその後すべて被控訴人に弁済し、右債務は消滅し、したがって本件第二の(四)(五)の物件に設定された本件担保権等もすべて消滅した。

しかるに、川島は被控訴人に対して右各担保権等の設定登記の抹消請求をしないので、控訴人は被控訴人に対し民法第四二三条に基づき川島に対する前記債権を保全するため本件第二の(四)・(五)の物件につきなされた前記各登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。

(三)  被控訴人の補足した主張

1  控訴人が川島に対し控訴人主張(前掲第二の(二)・3記載の(イ)及び(ロ))の金員の債権を有することは認めるが、それは本来川島の債務であって横浜容器の債務の連帯保証債務ではない。横浜容器が営業を廃止したこと横浜容器が昭和四三年八月三一日本件第一の物件を明邦鋼業に売り渡し、また川島進が同日本件第二の(一)(二)(三)の物件を明邦鋼業に売り渡し、その頃その旨の所有権移転登記が経由されたことは認めるが、横浜容器及び川島が本件担保権等の設定により無資力となったこと、及び明邦鋼業が被控訴人に対し控訴人が前記第二・(二)3において主張するように買掛金債務を弁済したことは争う。

2  横浜容器及びその代表取締役川島進が本件第一、第二の物件につきそれぞれ東京通商のため本件根抵当権等の担保権を設定したのは、被控訴人が原審において主張したようにこの担保の提供が横浜容器の企業経営上適切かつ必要であると判断したことによる。すなわち、横浜容器及び川島は新規事業(新罐の製造)の発展を企図して従前明邦鋼業に対し提供していた本件第一及び第二の(一)(二)の各物件に対する債権極度額を三〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を合意解除したうえ、同会社から買入れる前記鋼材が六か月間で一億五〇〇〇万円に達するものと予定して、これに相当する鋼材の仕入れを確保するために東京通商のため本件根抵当権等の担保権を設定したのである。

そうして、東京通商は本件第一、第二の物件をそれぞれ約一〇〇〇万円合計約二〇〇〇万円位の価格を有するに過ぎないと評価していたが、本件根抵当権等の担保の差入れを受けた後東京通商の明邦鋼業に対する鋼材の供給は増大し、また明邦鋼業は、その販売数量の二分の一以上の毎月七五〇〇万円ないし八〇〇〇万円相当の鋼材を横浜容器に供給していた。

本件第一、第二の物件の評価額が右のようなものにすぎないのに東京通商の明邦鋼業に対する販売量の増大を維持させたのは右物件の担保差入れのほかに他社からの担保の提供があったからである。すなわち昭和三九年七月一日明邦鋼業の東京通商に対する買掛金債務の担保のため横浜容器と同様に明邦鋼業を仕入れ先とする訴外東海製罐ほか一名がその所有の評価額約一億二〇〇〇万円に達する土地、建物及び備付機械器具(焼津市五ヶ堀の内所在)につき極度額一億五〇〇〇万円とする根抵当権の設定をしたのである。

それのみならず、本件担保権の設定当時横浜容器は明邦鋼業に対して約三〇〇〇万円の買掛金債務があり、東京通商に対する本件担保の差入れはこの債務額にほぼ見合う関係にある。

右の事情によれば、本件根抵当権等の担保権の設定は横浜容器及び川島進の債権者を害する行為とならず、また横浜容器及び川島において債権者を害する意思のなかったことが明白である。

更に、東京通商は本件担保の差入れを受けるまで横浜容器及び川島とは直接の取引関係はなく、従って本件担保権の設定当時横浜容器の経営内容、同会社及び川島の資産、ならびに控訴人に対するものを含めた負債の関係についてはまったく知るところがなかったのであって、東京通商は本件担保権の設定により右両名の債権者を害するに至るべきことを認識するはずがなかったのである。

3  以上のように、本件第一、第二の物件についてなされた本件担保権の設定契約が詐害行為に該当するという控訴人の主張は失当であるが、仮りに本件担保権の設定が詐害行為にあたるとしても、被控訴人に対する金員の支払請求は理由がない。すなわち、本件第一及び第二の(一)(二)(三)の各物件は前記のように明邦鋼業がその所有権を取得したが、被控訴人は本件担保権等の実行によってその債権の回収をえたわけではないのみならず、被控訴人のために設定された本件根抵当権等の担保権は現在も存続し、その登記抹消は可能であるからである。

4  債権者代位権に基づく登記抹消請求について

イ 控訴人が債権者代位権に基づき控訴人主張の各登記の抹消を求める訴えを追加提起するのは、従前の本件詐害行為の取消並びに金員の支払請求の訴えと請求の基礎を異にし、かつこれにより訴訟手続を著しく遅滞させるものであるから、許されない。

ロ 横浜容器は営業を廃止したけれども、これにより被控訴人の明邦鋼業に対する債権(本件担保の被担保債権)が確定するものではなく、またそれはなお存続しており、川島は被控訴人に対し本件担保権の消滅による登記抹消請求権を有しない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  詐害行為取消権に基づく請求について

当裁判所は、控訴人の詐害行為取消権に基づく請求はすべて理由がなく棄却すべきものと判断するものであって、その理由は次に補足するほか原判決理由の説示と同じ(原判決一三枚目表二行目から同一七枚目表三行目まで。ただし、次のとおり附加、訂正する。)であるからこれを引用する。

(一)1  原判決一三枚目表四行目中「昭和三九年五月二〇日」とあるのを「昭和三九年四月三〇日」と改め、同行中の「右両被告が」とある部分を削り、同五行目の「東京通商株式会社に対し」の次に「控訴人主張の」を加え、同六行目中「(以下本契約という。)をなし、その旨の登記を」とあるのを「(以下本件根抵当権等の担保権設定契約という。)を締結し、同年五月三〇日東京通商のため別紙登記目録(一)の1及び2、(二)の1及び2の各登記を」と改める。

2  同一三枚目表七行目中「東京通商株式会社が」の次に「昭和四一年六月一日」を加え、同七行目から八行目にかけて「合併されたこと」とあるのを「合併され、これにより被控訴人のため右各不動産につき別紙登記目録(一)の3及び4、(二)の3及び4の各登記が経由されたこと」と改める。

3  同裏五行目の「先きに」以下同六行目中「認定したように」までを「原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第七号証の一ないし八、成立に争いのない乙第一号証、原審証人若林忠三の証言及び原審における控訴人並びに被告川島進各本人尋問の結果をあわせれば、原判決の一一枚目裏四行目から同一二枚目裏二行目までの記載のとおり認められ、このように」と改め、同八行目中「記載して」とあるのを「認識して」と、同行中の「本件融資」とあるのを「前記合計九六〇万円の融資」と改める。

4  同一四枚目表一行目の「本件貸金は」とあるのを「前記の合計九六〇万円の金員は」と改め、同表三行目中「被告川島は右債務の連帯保証人」とあるのを「被告川島は横浜容器の右借入れの都度その借入金債務につき連帯保証をした」と改める。

5  同一五枚目表一〇行目中「措置く」とあるのを「据置く」と改める。

6  同一六枚目表二行目から三行目にかけて「本件根抵当権」とあるのを「本件根抵当権等の担保権」と改める。

7  同一六枚目表一〇行目と同一一行目の間に次の記載を加える。

「右の藤沢市片瀬海岸所在の三個の物件の当時の価格は、当審鑑定の結果によれば別紙不動産価格表の当該欄記載のとおりである。なお、右の内同価格表9記載の宅地は登記簿上昭和二七年一二月二二日の受付で訴外和田一夫を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記が、昭和四五年一二月一二日の受付で同訴外人のため所有権移転の本登記がそれぞれ経由され、同価格表10及び11の各不動産については登記簿上昭和三九年六月一〇日の受付で同年四月三〇日設定契約を原因として明邦鋼業を債務者、根抵当権者を東京通商とする極度額一億五〇〇〇万円の根抵当権設定登記がなされ、昭和四〇年一〇月二日の受付で合意解除を原因としてその各抹消登記がなされ、次いで10の土地は同年同月同日付で訴外板橋由蔵のため所有権移転登記がなされ、11の建物は同年同月一四日の受付で訴外佐藤春男のため所有権移転請求権仮登記が、昭和四一年二月九日の受付で同人のため所有権移転本登記がそれぞれ経由されている。なお≪証拠省略≫によると、前記横浜市南区浦舟町三丁目四五番地所在の横浜容器所有の倉庫は訴外浅野ヤサ所有の同所四五番宅地一二〇〇m2の地上にあり、横浜容器は浅野ヤサから右土地及び同じくその地上にある浅野ヤサ所有の家屋番号同町三丁目四三八番木造スレート葺平家建工場及び事務所などを借り受けて工場及び事務所として使用していた事実、右倉庫は昭和四二年に浅野ヤサに譲渡され、これらの土地建物はすべてその後湘南製罐株式会社に引渡されて同会社が使用している事実が認められるが、浅野ヤサ所有の土地及び建物の使用関係の内容ならびに横浜容器の所有であった右倉庫の価格等の点については証拠上これを明かにするものがなく、また以上のほかに横浜容器もしくは川島進所有の資産として見るべきものがあったことについては証拠が存しない。」

8  同一六枚目表一一行目から同裏二行目の「右根抵当権は」までを削り、そこに次の記載を加入する。

「右認定によれば、横浜容器及び川島進は本件根抵当権等の担保権設定の当時に本件第一及び第二の各物件のほかに、一般債権者(控訴人を含めて)を満足させるに足る資産を有しなかったと認めざるをえない。しかし、右担保権の設定は」

9  同一六枚目裏五行目の「取得する筋合となる。」の次に「そして、本件第一及び第二の各物件の当時の価格は当審鑑定の結果によれば別紙不動産価格表の該当欄記載のとおりであるが、横浜容器は後記のとおり明邦鋼業に対し常時三〇〇〇万円以上の債務を負担していたから、横浜容器及び川島進は、それぞれ右求償債権をもってこの債務と相殺するなどの方法によって確実に右求償債権の回収を図ることが可能で、本件担保権等の設定による資産の減少はないわけである。≪証拠省略≫によると、横浜容器と川島進は、横浜容器の倒産後に、本件第一の物件及び本件第二の(一)(二)(三)の各物件を、同会社の明邦鋼業に対する債務約七二〇〇万円中の三六〇〇万円の債務の代物弁済としてそれぞれ明邦鋼業に譲渡した事実が認められるのであって、結局現実においても結果において前記の相殺が実質上行われたと同様の方法がとられたと考えられる。」との記載を加入する。

(二)  当裁判所の補足する判断

本件根抵当権等の担保権の被担保債権は東京通商及び同会社の合併後は被控訴人の明邦鋼業に対する売掛金債権であることは右に引用した原判決認定のとおりであるところ、≪証拠省略≫をあわせれば、明邦鋼業は本件根抵当権等の担保権の設定の前後を通じ東京通商若しくは被控訴人から買入れたブリキ板等の鋼材を横浜容器のほか訴外東海製罐株式会社等の鋼材販売会社に継続的に売り渡していたこと、本件根抵当権等の担保権は東京通商若しくは被控訴人の明邦鋼業に対する右売掛金債権の全部にわたり極度額を一億五〇〇〇万円として担保する趣旨で設定されたことが認められるが、このことにより控訴人主張のように右売掛金債権中横浜容器に供給された部分以外の債権についての本件根抵当権等の担保権の設定はその範囲において債権者詐害の行為となると見るのは早計である。

すなわち、右引用の原判決認定事実に≪証拠省略≫を総合すれば、横浜容器は昭和三九年ころ従来の古罐再生加工から新罐の製造販売に主業を切り替えて販売の拡大と業績の発展を企図し、この企図の実現のために必要とするブリキ板の購入数量は六か月につき一億五〇〇〇万円相当のものを予定しなければならなかったので同会社は従前からの直接の仕入先きであった明邦鋼業にその継続的売渡し及び代金単価の値下げを申出、明邦鋼業は更にその仕入先きであった東京通商にこれをはかった結果この両社とも横浜容器の右新規事業を見込みのあるものとして承認し、それ以後横浜容器は明邦鋼業を通じて東京通商及び前記合併後は被控訴人から右新規事業に要するブリキ板の供給を継続して受けたこと、ところで東京通商はなんらの担保なくして明邦鋼業との取引を拡大することに不安を感じ、明邦鋼業が横浜容器に供給する数量のブリキ板に見合う自己の売掛金債権についての担保を要求した結果横浜容器及び川島から本件第一、第二の物件を担保として差入れを受けることとし、これにより昭和三九年四月三〇日本件根抵当権等の担保権設定契約を締結し、かつ横浜容器及び川島は明邦鋼業の右債務につき連帯保証を承諾したこと、そうして明邦鋼業は横浜容器に対し東京通商(合併後は被控訴人)から仕入れたブリキ板をその後順調に供給し、その取引量は最大時の昭和四二年には年間で約九〇〇〇万円に達した(本件担保権設定以前は月平均六〇〇万円)が、横浜容器は累積赤字と販売先の倒産等のため昭和四三年六月ころ整理休業し、その後間もなく倒産したこと、本件第一の物件及び第二の物件中(一)、(二)の不動産はさきに明邦鋼業のためその売掛金債権の担保として債権極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたものであり(この根抵当権は本件根抵当権等の担保権の設定に際し解消された。)、右各物件に本件第二の物件中(三)ないし(五)の不動産を加えてすべての価格を合算しても本件根抵当権の債権極度額はもちろん、横浜容器が明邦鋼業を通じて東京通商から供給を受けた右買掛金債務額と同額ぐらいか、もしくはこれを下廻ると見られること、すなわち、前記のとおり、本件根抵当権等の担保権設定の当時におけるその各不動産の価格は別紙不動産価格表の当該欄記載のとおりであるが、横浜容器は明邦鋼業に対し右担保権設定当時において約三〇〇〇万円の鋼材買掛金債務を負担し、その後も昭和四三年六月頃まで年平均八〇〇〇万円位の取引を継続し、常時その半額以上の残存債務を負担し、取引終了時において約七二〇〇万円の買掛金債務を負担していたこと、以上の事実を認定することができ、この認定を妨げるに足りる証拠はない。なお別紙不動産価格表に記載のとおり本件物件中には評価不能のものがあるが、それらはすべて建物で昭和五一年九月の鑑定時には滅失していたものであるから、本件担保権の設定時においてさしたる価値はなかったと推測される。

右認定のような事情に照らして考えれば、本件根抵当権等の担保権の設定は、仮りにそれによって債権者の一般担保を減少せしめる結果を生ずるとしても、詐害行為にはあたらないと解するのが相当である。従って、この見地からしても控訴人の詐害行為取消権に基づく請求は理由がない。

二  次に債権者代位権に基づく請求について判断する。

(一)  被控訴人は控訴人の債権者代位権に基づく登記抹消の請求の追加は従前の請求と請求の基礎を異にし許されないと主張するが、本件訴訟の経過に照らして右請求の追加により著しく訴訟を遅滞せしめるものと認められない。従って、右債権者代位権に基づく追加請求は適法といわなければならない。

(二)  進んで控訴人の主張につき考えるに、前記のとおり横浜容器が倒産したのち明邦鋼業の横浜容器に対する売掛金債権の一部が弁済(本件第一の物件及び第二の(一)ないし(三)の物件の代物弁済による)されたが、約三六〇〇万円の債務はなお残存しているのみならず、本件根抵当権等の担保の被担保債権は東京通商もしくは被控訴人の明邦鋼業に対する売掛金債権の全般にわたるものであることは前述したとおりである(前記一・(二))。そうして≪証拠省略≫によれば明邦鋼業の被控訴人に対する買掛金債務の発生源である両者間の継続的取引契約による取引はなお継続され、その債務は存続していることが認められるから、これを被担保債権とする本件根抵当権等の担保権は消滅していないことが明らかである。

なお、≪証拠省略≫によると、明邦鋼業が横浜容器に供給する分として東京通商もしくは被控訴人から買入れた鋼材の代金に相当する金員は明邦鋼業において東京通商もしくは被控訴人に対し横浜容器の倒産後においてすべて支払ずみであることが認められる。しかし横浜容器の明邦鋼業に対する鋼材買掛債務がなお約三六〇〇万円残存しているとすると、明邦鋼業の東京通商もしくは被控訴人に対する右弁済は横浜容器もしくは川島進の寄与によるものではなく、右弁済のうち三六〇〇万円に相当するものは明邦鋼業が自己の損失においてしたものと云わざるをえない。しかも明邦鋼業と被控訴人との間の取引はその後も継続されているのであるから、川島進は明邦鋼業の東京通商もしくは被控訴人に対する右弁済を援用しうる筋合ではないというべきである。

従って、被控訴人は右担保権の登記につき担保提供者である川島に対し抹消登記の義務がなく、したがって、控訴人のこの点の主張も理由がない。

三  以上説示のとおり控訴人の本訴請求はすべて理由がなく棄却すべきである。控訴人の本訴請求中詐害行為の取消を求める部分を棄却した原判決は相当であってこの部分の本件控訴は理由がなく、かつ控訴人の当審における新たな請求は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、当審における控訴人の新たな請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 間中彦次 糟谷忠男)

<以下省略>

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